カテゴリー「記念日」の37件の記事

2024年3月31日 (日)

退職記念と誕生祝い

 義理の父母と義妹を誘って、家族一緒にランチに行きました。

 

 ランチに行ったのは、義妹が長年勤めていた病院を退職するお祝いと、義父と私の誕生祝いを兼ねて食事をしようということになったからです。

 昨年のちょうど今頃は、私の定年退職を兼ねて一緒にランチに行きました。

 今年は退職祝いの対象が義妹に変わったのです。

 ランチは福津市にあるイタリアンカフェの「アプテカ・フレーゴ」に行きました。なかなか予約を取るのが難しいイタリアンカフェで、ランチは時間指定で11時30分からと13時30分からの2部制になっています。

 「アプテカ・フレーゴ」は、築60年近くの古民家をリノベーションして、高い天井と太い梁が開放感がある店内です。上から昔の農具が下げれていて、奥には黄金色のピザ窯がありました。

 11時30分からの1部で予約しましたが、時間になるとあっという間に席が埋まり、テラス席まで人が座るほどでした。

 前菜にサラダなどのイタリア野菜を中心としたものが出ましたが、イタリア野菜がなかなか手に入らないということで、すぐ近くの畑のビニールハウスでいろいろなイタリア野菜を育てて、それを料理して出してるそうです。Dsc_1614

 また今日の料理に出た豚のスペアリブは、浮羽で育てられた豚だそうで、野菜から肉まで福岡県内のものを使ってイタリアンに仕上げているようです。Dsc_1615 Dsc_1616

 今日の義妹の退職記念のプレゼントは日本製のストールにしました。また、義父の誕生プレゼントはミライスピーカーでテレビの音量を上げなくても義父だけでなく家族みんなが聞きやすいようになるスピーカーにしました。

 代わりに私への誕生プレゼントは、ブラウンシェーバーでした。

 イタリアンを堪能して、またみんなが今年も健康で頑張っていくように祈念してお開きになりました。Dsc_1618

 帰り際、この店の従業員で、以前私が勤めていた小学校のPTA母親代表をしてもらっていた方に、6年振りくらいにお会いすることができました。ちょっと話をしましたが、懐かしかったです。

 Dsc_1620 この後、我が家族だけ近くの神社に行き、お参りして厄除けのお札を買って帰りました。桜も八分咲きくらいでした。

| | コメント (0)

2024年3月20日 (水)

61歳の誕生プレゼント

 11日遅れで61歳の誕生プレゼントをもらった。

 

 誕生プレゼントは何がいいか聞かれて、以前飼育していた熱帯魚をまたもう一度飼育したいと思い、熱帯魚用水槽と言っていた。

 熱帯業容水槽をセットで揃えたら、効果なものは4~5万円くらいする。

 妻は、それはちょっと高いと思ったのか、何か別のものをプレゼントにしたいと思っていたようだ。

 この間、私がお尻の部分をひっかいたようなほつれがあるジャージをはいていたら、ジャージを買ってあげようということになった。

 20日の春分の日、家族でショッピングモールに行ったときに、スポーツ用品ショップを覗いたら、少し厚手のグレイの上下ジャージがあったので試着してみて、Lサイズでちょうどよかったので買ってもらった。ついでに企業コラボのTシャツで不二家のチョコレートLOOKがプリントされたものがあったので、これもLサイズを買ってもらった。Img_9394

 これが、私の61歳の誕生プレゼントになった。

| | コメント (0)

2018年3月 2日 (金)

下の娘が高校卒業

下の娘が今日高校を卒業しました。

今日が卒業式でした。
私は、卒業式に参列できませんでしたが、妻が参列しました。
この高校3年間は、クラスの授業態度が悪くて、授業を真面目に聞こうと思ってもうるさくてなかなか勉強がはかどらないと嘆いていました。
Dsc_0196こんな学校には行きたくないとも漏らしていました。
でも担任の先生と娘の気持ちをよくわかってくれる先生たちのおかげで、無事卒業することができました。
 4月からは、医療事務職を目指して短大生になります。
今日は、卒業のお祝いに高級ステーキ店でフルコースを堪能しました。
Dsc_0202お店の方が、娘が卒業式だったことを察知してくれ、お店の計らいでデザートは「卒業おめでとう」の文字が入ったスイーツをいただきました。

4月になってからも夢に向かって頑張ってほしいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月 8日 (日)

娘の成人式

上の娘が成人式を迎えました。

1年くらい前から、着物は福岡市の店に行って購入しました。
他の人と色や柄が、被らない方がいいということで、黄色が基調の花柄の着物に決めました。
P1170893b成人式では、朝の4時頃から美容室に行って、髪結いや着物の着付けをしてもらいました。
あいにくの雨で、傘を差しながらの送り迎えでした。
着物は、他の人と被ってなくて良かったということでした。
なかなか値段も張りましたが、購入してよかったと思います。
着物を決めるときには、下の娘もついて行っていて、下の娘も気に入るものを決めました。
3年後は下の娘がこの着物を着ることになります。
 
成人式に出かける前に、親戚も来て、一緒に記念写真を撮りました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月 9日 (金)

結婚21周年

結婚21周年を迎えた。
 
しかし、結婚21周年というのは、○○婚式というくくりがない。
例えば、結婚1周年は紙婚式、結婚25周年は銀婚式、結婚50周年は金婚式という具合に。
昨年、結婚20周年の時は陶婚式だったので、記念として陶器でできた置時計を買ってテレビ台の上に置いた。
それでも、家族で結婚記念日を祝って、ステーキを食べにレストランへ行った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月15日 (土)

長女二十歳

長女が、今日誕生日で二十歳を迎えました。

日本では、これで成人とみなされます。
法律上は、自分の意志で、許されることがたくさんあります。
お酒やたばこ、自分の意志での結婚などです。
よくぞここまで成長してくれたと思いますが、まだまだ大学生で親に頼ることが多い娘です。
一人暮らしもせず、家から通い、交通費の定期券代などは親が払っています。
選挙権が、18歳から認められたので、この前の参議院選挙の投票に行ってきています。
来年の1月8日が、市の成人式になっています。
長女は、まだお酒は飲みたくないと言っています。
あまり飲めそうにもない感じがします。
平日は学校通いとサークル活動に明け暮れ、土日はバイト、たまにゆっくり休む時もあります。
本当の大人になるのは、いつのことでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年3月 9日 (水)

娘からの53歳誕生プレゼント

今日で、53歳になりました。
今の歳の半分くらいだった頃は、50歳過ぎたら随分年配だと思っていました。
人生経験も豊富で、何にでもすぐに理解し、精通していると思っていました。
でも自分がこの歳になってみると、世の中はわからないことだらけだし、いろいろ尋ねられても自信がない。
将来設計や大きなお金が動くときなど、これでいいのかと躊躇ってしまうことがあります。

P1160243でも娘も大学生・高校生になり、もうすぐ社会に飛び立とうとしている時期に、親がこんな調子だと心許ないですね。
今日、娘から誕生プレゼントをもらいました。箱を開けてみると、ネクタイピンでした。
なかなかスリムでかっこいい、センスあるプレゼントです。
大学生の娘も、今も家から大学まで通っていますが、途中に博多駅や福岡天神などにも寄って帰ってくることができます。
P1160244いろいろと吟味して、これがいいと思って買ったのでしょう。
ありがとう。
私は、いつまで元気で、幸せな娘の姿を見ることができるだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年3月 5日 (土)

祖父の50回忌法要

私の父方の祖父の50回忌法要に行ってきました。

祖父は、私が4歳になったばかりの時に他界しました。
私の父が、40歳の時でした。
私の祖父は、農業一筋の人で、真面目で働き者だったそうです。
戦前・戦後は、一人で芦屋から八幡まで、毎日リヤカーや自転車で野菜を売りに行っていたり、人糞をもらって来たりしていたということです。
そしてその記録を農業日誌として毎日書いていたそうです。
相当な記録魔で、芦屋の自衛隊の飛行場拡張のために、松林の伐採があったときも塩害で農作物の収穫に影響があったということを農業日誌で証明ができ、周辺の農家の方たちは補償が出て、助かったそうです。
真面目だけれども、会議の後、芸姑を呼んで飲み会をする場面があったときは、その芸姑たちの名前や年齢、出身地まで記録していたそうだ。

今度、3月末に大学教授が祖父の記録から調べた祖父の生き方の本を出版するそうだ。

50回忌は、シンプルで本当に身内だけの会だった。
6年ぶりに東京住まいの叔父(私の父の弟)にも会えました。
良かったです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年2月 5日 (金)

父の祥月命日

2月5日は、父の祥月命日です。

もうあれから1年が経つのですね。
早いものです。
すでに母が亡くなっていたので、この1年間は相続のことで忙しい日々でした。
相続税を亡くなって10か月以内に支払わなければならないからです。
相続税が決定するまでに、どれだけの相続があるかを計らなければなりません。
そのため、父や母の故郷まで父と母の戸籍を取りに行かなければなりませんでした。

奥津城も掃除しなければならないけど、そこまで手が回りません。
今日は、遅くまで勤務があったので、奥津城の掃除どころではありませんでした。
父にとっては、とんだ1年目の祥月命日だったかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年1月24日 (日)

父の一年祭

今日、父の一年祭を執り行いました。

朝から大急ぎで実家の父と母の祭壇のある和室を掃除し、買ってきた野菜や果物などのお供え物を祭壇に捧げ、親戚と宮司さんを待ちました。
今朝は、昨夜からの降雪で道路にもうっすらと雪が積もり、遅れるという親戚の電話が2件かかってきました。

P1160116

遠くから来てくれる親戚にとっては、この雪は高速道路も普通になり、大変だったろうと思います。
大分県の日田から来てくれたいとこは、4時間かかったと言っていました。

宮司さんは、割と早く来てくれて、玉串につける紙垂の準備などもしてくれていました。
予定通り、祭事は11時から始まりました。
親戚も11名集まってくれました。
本当にありがたいことです。
懐かしい顔が並びましたが、父と母の眠る奥津城まではこの雪の中、お参りすることはできませんでした。

P1160117←食事を行った部屋から見える玄界灘の様子
12時半から、会場を変えて粗餐を取っていただきました。
食事をしたところは、玄界灘に面した旅館で、私が以前勤めた中学校の生徒の親が経営するところです。
魚がおいしく、おいしい料理を堪能することができました。
お酒も少し入りました。
知り合いということもあって、随分割安にしてもらいました。

父の祥月命日は、2月5日です。
突然の別れから、もう一年経つのだと思うと、この一年が早く感じられます。
相続のことは何も聞いていなかったし、認知症の父に聞くこともできずにいましたので、相続税を払うまでわからないだらけで、時間がかかり苦労しました。
今では、ようやくめどが立ちましたが、実家に残っている家財などはどう片付ければいいのか考えると、途方に暮れてしまいます。
その中には、父が大切にしていた遺品がたくさんあるはずです。
ゆっくり考えたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)