カテゴリー「日々の出来事」の517件の記事

2025年10月 1日 (水)

同一車の回送

 車の回送は、今までトヨタレンタリース、バジェットレンタカー、ニッポンレンタカー、タイムズレンタルカーの回送をした。

 

 レンタカーは、すべてのレンタカー会社が所有しているもので、北部九州だけで数10万台あるだろうか、それとも数100万台あるだろうか?

 たとえそれが数万台だったとしても今までで200台くらいしか回送していないので、そうそう同じ車を回送することはない。

 実際、回送伝票には、車に付けられている車台番号を書き込むところがある。車台番号は車種が違うともちろん異なるが、同車種でも一台一台番号が付けられていて、最初の記号は同じでも後に続く番号が違う。つまり一台一台違う番号が割り振られている。

 その車台番号は、回送依頼情報に車の登録ナンバーや引き取り先と納車先を携帯電話で打ち込んで、会社に送付することになっている。

 回送後、今までの回送記録は、後で回送会社のサイトにログインすれば、確認することができる。

 でも携帯電話で、そのサイトにつなぎ、回送記録として車台番号を打ち込もうとしたら、同じ車台番号が出てきました。

 それは、過去に回送したことがある車をもう一度回送することになるということを意味します。

 これは非常に奇跡的なことです。しかしその奇跡が起こりました。

 10月1日に回送したトヨタのノアは、過去6月18日に回送していました。

 10月1日は、トヨタレンタリース小倉南口店で引き取り、トヨタレンタリース福岡INTERNATIONAL店(福岡空港国際線近く)で納車しましたが、6月18日はトヨタレンタリース関西空港店で引き取られたものが、フェリーで新門司港に到着したところを私がトヨタレンタリース福岡空港まで回送した車とぴたり一致したトヨタのノアでした。

 数万分の1、または数十万分の1の確率の奇跡的なことになると思います。

 今から先もそういう奇跡的なことが起こるのか、ワクワクします。

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2025年8月16日 (土)

自治会の25年夏祭り

 住んでる自治会の夏祭りが今年もあった。

 

 私が幼いころからずっと盆踊りは開催されていたが、最近は自治会内にマンションやアパートがたくさん立ち、若い家族も多くなったため、もっと自治会の行事を盛り上げるためにも夏祭りとし、子供向けに神輿担ぎと縁日の出店を付け加えた。

 神輿は自治会の制作部が十年くらい前に製作したもので、なかなかそれらしくできている。公民館のすぐそばに神社があるからこそである。また縁日の出店は、射的とパチンコ、輪投げ、ヨーヨー釣りが今回あった。

 まず最初は、子どもたちが神輿を担いで、町内を練り歩くことから夏祭りは始まった。あまりにも暑いので例年より距離は短くしたようだ。そして、子どもたちが楽しみにしている縁日。神輿を担いだ子は、何かお菓子をもらったが、縁日もお菓子やおもちゃが景品として必ずついてくる。

 こうして、この自治会内に引っ越してきた若い家族も巻き込んだ昔ながらの自治会行事を絶やさず続けている。

 しばらくビールやジュース、おにぎりやポップコーンをいただきながら、近所の人と歓談をする。

 私は今年度から、自治会の評議員として務めているが、この夏祭りの係としては来賓接待の役割になっている。

 夏祭りが始まって間もなく、校区内の小学校の校長先生がいらっしゃった。私は挨拶をしていろいろと説明したり、話をしたりした。私が現役時代から知っている先生だったので、向こうも安心して話ができた。

 校長先生は、途中盆踊りの輪の中にも入って行った。まだまだ小学生も中学生もたくさんいる中で、一緒に盆踊りを踊っていた。

 準備は大変だが、こうして地域の人が集まって話ができる昔からの自治会の行事が絶えずに続いているのは、ここに住んでいるものとして誇らしい。

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2025年8月11日 (月)

北部九州に線状降水帯発生

 ずっと雨が降らなかったが、久し振りの雨かと思いきや大雨となった。

 

 しかも8月10日には北部九州に線状降水帯が発生し、今までにないたくさんの雨が短時間に降った。

 そのせいで、近所の川は台風が来た時でさえ起らなかった氾濫が起こってしまった。

 氾濫が起こったのは、私の家からずっと上流の方で、川幅が狭くなっているところだが、その近くのコンビニは浸水し、数日間営業がストップした。また、年配の男女2名が流されて、数日後に玄界灘沖合で遺体となって見つかった。

 我が家の近くは、もう少しで川が溢れてしまうところまで行ったが、大事には至らなかった。しかし、その支流である家の裏の小川は溢れてその近くのご近所さんは浸水したと後で聞いた。

 我が家は橋のすぐ近くにあり、まわりより土地が少し高くなっているところであるので、川が氾濫したとしても水は低い方へ流れていき、我が家は被害は起きないと思っていた。
 
今までの経験記憶の中では、どんなに強い台風が来ても川が氾濫するということはなかった。でも今回の経験で、もしかしたらこれ以上の強い雨が降ったらと考えると、防災用具や避難場所をきちんと考え決めておかないといけないと思った。

 数日後、橋のたもとへ行ってみると、小さな木切れや枝が道路に落ちていた。これは…と考えてみると、上流から流れてきたものが橋の欄干に当たって道路の方へ水と一緒に流れてきたのではないかという結論に達した。川はここでも溢れていたのだ。

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2025年8月 8日 (金)

猛暑日の中、レンタカー回送

 7月半ばからずっと雨が降らない。

 

 そんな猛暑日が続く中、レンタカー回送業に励む。

 今週は、一週間(月曜から金曜までの5日間)で4日間レンタカーを回送した。

 遠いところでは、北九州空港、新山口駅前、熊本空港、佐賀唐津にレンタカーを回送してきた。

 初めて行くところは、ドキドキだし、途中の景色を楽しめて面白い。

 遠くに行くのだが、ずっと車の中なので運動不足になる。

 店舗から店舗までは基本電車やバスで移動するが、歩くときもある。

 夏の猛暑対策で、1.5km以上はタクシー乗車許可が出るし、徒歩で移動する場合は千円が報酬として加算される。

 夏休みの間、授業がないので、できるだけレンタカー回送をして稼ぎたい。

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2025年7月20日 (日)

倉庫活用

 亡父から相続した道路を隔てて向こう側にある二階建て倉庫は、もう十数年も毎年固定資産税を払っている。

 

 これが実家の固定資産税と相まって、かなりの家計負担になっている。

 非生産的な倉庫は、ただの物置とトラクターや軽トラの車庫になっている。

 この倉庫が7月から生産的な倉庫に生まれ変わる。

 義妹が早期退職をし、定食屋さんをしたいから倉庫を貸してくれと言ってから、倉庫一階の車庫だったところを改装して、厨房と食事ができるスペースがある定食屋さんが出来上がった。駐車場も車5台分が停められる。

 当面、昼のランチと弁当のみで経営していくつもりで、7月24日から開店をする。平日11時から15時までで、土日祝日は休みにする。

 倉庫の賃料を月5万円としたため、不労収入として、月5万円と使用した電気量、上下水道代が義妹から振り込まれることになった。

 この日から、非生産的な倉庫が、生産的な倉庫に生まれ変わった。

 もちろんランチは健康面を十分考えて作られていて、ごはん、汁物、サラダ、香の物、メインディッシュと小鉢2皿がついて1000円だ。小鉢は当日作った5~6種類の中から2つ選べる。(写真参照:写真は、親戚向けプレオープンの内容)

飲み物やお酒は出していません。弁当は600円。(イートイン可能、その場合汁物150円で提供する。)ただし、一日にランチ20食、弁当15食。

 このご時世で安過ぎるのではないかと言われるが、とりあえずやってみるそうだ。大繁盛間違いないと思う。

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2025年6月21日 (土)

2025年初の夏野菜収穫

 今年初の夏野菜収穫ができた。

 

 今年の一番手はやはりキュウリだった。

 キュウリは苗を植えてからすぐ花が咲き、実がなるのが早い。

 短い期間で一気に身がたくさん成り、あとはポツポツ。

 暑い夏の気温で苗が疲れてしまい、親ヅルになった実まで栄養が回らない。

 だから、追肥をしなければならないが、追肥と同時に親ヅルを諦めて、子ヅル、孫ヅルを大きく成長させて実を育てた方がよい時がある。

 そのときは当然、親ヅルは先の方で栄養が行かないように剪定してしまう。

 これからキュウリだけでなく、ナスやトマト、ピーマンなども実をつけるだろう。

 それから夏休みに入ってからは、トウモロコシと枝豆を収穫をして茹でて食べるのが楽しみになる。

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2025年5月18日 (日)

中学校ミニ同窓会

 5月17日、中学3年生のときに同じクラスだった友達が、富山から帰郷するということで、小さな同窓会を開いた。

 

 その友達は、重機メーカーに就職して福岡県を離れ、富山県にずっと行っていた。

 結婚式に友人として呼ばれて富山市に行った時以来、会うのは35年振りくらいになるのではないかと思う。

 もちろん、年賀状のやり取りはずっと続いていて、1年に1回友達の家族の成長を年賀状の写真で知っていた。

 途中、ブラジルや中国に長期出張で単身赴任する時期があったりして、それも年賀状で知っていた。

 今回、定年退職を6月に控えて、今までお世話になった方に挨拶回りをしている途中に地元に寄ったというわけだ。

 富山から数十年前に買ったという愛車のバイクで、大阪、愛媛や宮崎、長崎、広島と、大学時代の恩師や会社でお世話になった方々に会いに行くそうだ。

 地元は、長崎と広島の間で寄ったもので、同窓会には全員中学の同級生が集まった。中学のときの同じクラスだけでなく、高校のときも一緒、または中学のときの同じ陸上部のメンバーなど、計7名が集まった。

 他のメンバーは、中学の大同窓会が開催された時に会っている人もいる。それでも8年振りじゃないかな。

 私は違う高校だが、主に高校のときの話が3割、中学校のときの話が5割、そして就職後や近況の話が2割だった。

 何も遠慮することもないメンバーは、酒を酌み交わし、おいしい料理を食べながらいろいろな話をした。

 その後、中学の同級生がやっている居酒屋へ行き、さらに飲んで交流を深めた。楽しい一夜だった。

 

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2025年3月29日 (土)

実家の片付けから酒類、指輪、着物

 実家の片付けを弟夫婦と一緒に行った。

 

 今回は、主に和室とリビングのサンテラスと縁側の押し入れの中を整理、片付けをした。

 前回少し買い取り業者に売れそうなものは、出していたのだが、棚からウイスキーなどの酒類、書斎から巻物(絵画)、リビングの小物入れから指輪などが出てきた。

 押し入れからは、いただいたものが箱ごと未使用のまま出てきた。中身は食器やお盆、コップなどだった。

 古端渓の硯は価値があるものなので、売らずに取っておく。

 他の巻物などの美術品?も売らずに取っておくことにした。

 大体午前中いっぱいで、今回の整理、片付けは終わったが、出張買取に来てもらって指輪などの宝飾品とウイスキーなどの酒類、着物は買い取ってもらった。

 全部で8万5000円の買取りをしてもらった。

 ちょっとした臨時収入に思えるが、父が亡くなって10年余り、その間の固定資産税や庭木の手入れ、台風などで壊れた箇所の修理など、合計したら250万円くらい支出している。

 この実家を土地ごと売った方がいいのかどうか悩むところだ。

 いずれにしても、実家の中の父母の遺品は、きちんと整理したり処分したりしないといけない。

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2025年3月18日 (火)

原稿が会報に載った

 この前、原稿を書いた「私が理科を教える原動力となったもの」が公立小中学校退職教職員協会の支部会報に載りました。

 

 

 後でメールで送った3枚の写真も、文章と文章の間にうまい具合にレイアウトされていました。

 また、最後の方には、どなたかが文章の内容に合うようなイラストまで描いて入れてくださっていました。

 ただちょっと残念だったのは、文章の変換ミスがあって、「流れてきた大木が当たり、ぽっきり折れて~」の所が「流れてきた大木が辺り、ぽっきり折れて~」になっていました。

 私はパソコンで打ち込んだ原稿をプリントアウトし、手紙で支部へ送っていました。支部会報は、支部の方でその原稿を見ながら、パソコン打ちをして写真をレイアウトしたものなので、そのパソコン打ちのときに変換ミスがあったものと思われます。

 支部会員全員が、私が書いた文章を読むときに、変換ミスがあることは非常に残念です。

 でも3ページにわたる私の超大作?で、私が日々元気に生活していることや大学時代の出来事などが、読者にわかってもらえたと思うと嬉しいです。

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2025年3月 1日 (土)

実家・倉庫の片付け

 実家の台所と書斎、それに実家の道路を挟んで前にある倉庫1階の片付けを弟夫婦と一緒に行いました。

 

 父が亡くなって10年が経ちます。実家の方は洋服など少し片づけはしましたが、本格的にはしていませんでした。

 神道なので、神棚を実家から私の家へ移してから7、8年経ちますが、それ以降はあまり隣の実家へ立ち寄ったりしていませんでした。

 時々、我が家の庭から実家の庭へ池の鯉に餌をやりに行く程度で、家の中まではあまり入っていませんでした。

 倉庫は必要なものと捨てるもの、捨てるけれど値打ちがありそうなものは買い取ってもらうなど、仕分けするのが大変です。

 まだまだ使えるし、価値はあり層だけど、大きなタンスは15年以上経っていたら値が付かないので捨てるしかありませんでした。まだまだ新しいのにもったいないと思います。

 結局タンスの中に入っていた亡き母の着物や帯は値が付くものは数店あったものの3000円程度で買い取られ、古いウイスキーなどは数本で3500円と、こちらの方が高く売れました。あとはLP盤レコードなど合わせて、7000円くらいにしかなりませんでした。

 裏に作家の名前が書いてある碁盤は5000円で買い取るということでしたが、生前の父からは400万円すると聞いていたので売りませんでした。骨董品店かそれなりの値打ちがわかり専門の店へ持って行って買ってもらった方がよさそうです。

 捨てるものは、軽トラック2台分、2回に分けて資源ごみ処理場へ運びました。入場と退場のトラックのの重量の差(積んでいた処分する物の重量)で処分量を支払うことになります。

 一日仕事で、次の日に出す燃えるゴミ袋が21個分出ました。でもまだまだ実家の方には処分すべきものがたくさんあります。多分お宝もあるでししょう。(古端渓の硯、金杯、焼き物、ウイスキー、巻物、切手、古銭など)

 まだまだ片付けは終わりません。また天気の良い日を見つけてやっていくしかありません。

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